不作為による犯罪
◆Episode 05◆
Y芸能事務所の社長X(男性)は、芸能界での活躍を夢見て応募してきた女子高校生などの18歳未満の少女にわいせつな行為、性的な行為などの加害行為を加えていたことが発覚した。
同事務所の副社長A、タレント担当重役B、所属タレントのまとめ役Cは、Xの加害行為があることを知りながら、それが外部に漏れないように箝口令を敷くとともに、Xの行為を黙認し、放置し、時には、X好みの少女を集めていた。
この事例では、2つの点を検討する必要があります。1つは共同正犯・幇助犯であり、いま1つは作為犯・不作為犯です。
複数の人が関与する犯罪形態
2人以上の複数人が犯罪の実現に関与する形態及びそれらの者を共犯といいます。
刑法は、この共犯の形態について、共同正犯(60条)、教唆犯(61条)、幇助犯(62条・63条)の3種に分けて規定しています。
共同正犯とは、二人以上共同して犯罪を実行する場合及びその者をいいます。共同正犯とされると、すべて正犯として処罰されます。すなわち、共同正犯として犯罪を共同して実現した者は、共同した範囲内で他の共同者の行為についても共同して責任を負うのです。
教唆犯とは、他人を唆して犯罪の決意を生ぜしめ、犯罪を実行させた場合及びその者をいいます。教唆犯は、実行行為以外の行為でもって犯罪に関与する共犯である点で、自らの手で実行行為を行う(直接)正犯とは異なります。また、教唆犯は、他人に犯罪の決意を生ぜしめることによって犯罪を積極的に誘発する点で、犯罪の決意を有する正犯の実行を側面から援助する幇助犯と異なります。
幇助犯とは、実行行為以外の方法で正犯の実行行為を援助し、その実現を容易にする場合及びその者をいいます。幇助犯は、実行行為以外の行為でもって犯罪に関与する共犯である点で、自らの手で実行行為を行う(直接)正犯と異なります。また、幇助犯は、犯罪の決意を有する正犯の実行を側面から援助する点で、他人に犯罪の決意を新たに生じさせる犯罪を積極的に誘発する教唆犯と異なります。
作為犯と不作為犯
犯罪は、その行為の形態で分けたとき、作為犯と不作為犯とがあります。
作為犯とは作為(一定の結果発生に至る因果の進行に直接介入し、結果発生に至る因果関係を創設するに相応しい積極的な身体動作)によって実現される形態であり、たとえば、人を殺害するためにその人の胸をナイフで刺突する行為であり、「作為による殺人罪」となります。
これに対し、不作為犯とは、不作為(一定の結果不発生に至る因果の進行に直接介入せず、結果不発生に至る因果関係を創設するに相応しい積極的な身体動作をしないこと)によって実現される犯罪であり、たとえば、わが子を殺害するために、親がその子に一切飲食物を与えないで餓死させる行為であり、「不作為による殺人罪」となります。
注意すべき点
注意してほしい点があります。
第1に、「作為=動/不作為=静」の関係にはありません。たとえば、「部屋を掃除する」という観点からは、掃除機をセットして掃除の準備をする行為、掃除機で掃除する行為は作為ですが、わが子の世話をするという観点からは、掃除機を使って部屋を掃除する行為は不作為です。
第2に、作為・不作為は、一定の観点を導入してはじめていうことができます。一定の観点とは、ここでは、「犯罪結果の発生・不発生に至る因果の流れ」を考えているわけですので、作為犯の場合は「犯罪結果の発生に至る因果の流れ」を創設する「積極的な動作をする」観点、不作為犯の場合は「犯罪結果の不発生に至る因果の流れ」を創設する「積極的な動作をしない」観点を用いることになります。
第3に、作為犯・不作為犯は犯罪の実現形態に付けられる名称であって、犯罪それ自体の名称ではありません。すなわち、殺人罪などは、犯罪それ自体に付けられる名称ですが、その犯罪の実現形態として、「作為による殺人罪」とか、「不作為による殺人罪」というように用います。
第4に、作為犯の場合、犯罪結果を発生させる積極的な動作である作為をしなければ罰せられませんので、行動の自由への制約は小さいですが、不作為犯の場合は、犯罪結果を阻止する作為をしなければ罰せられますので、行動の自由への制約は大きいといえます。
不作為犯の成立要件
たとえば殺人罪のような、ある犯罪について不作為犯が成立するには、以下の成立要件を充足する必要があります。
① その人に法的な作為義務があること
どのような場合に、その人に作為義務があるといえるかについては、学説でも議論があります。
まず、法令に作為義務が規定されていることがあります。たとえば、多衆不解散罪(刑法107条)では「権限のある公務員から解散の命令を3回以上受けた」こと、不退去罪(刑法130条後段)では「(退去)要求を受けた」ことが、作為義務を発生させることになります。また、親権者の子に対する監護義務(民法820条)では、親権者を子の第一次的な身上監護義務者に指定し、親権者に対してその子の身体に関する監督・保護・育成を要求しているので、作為義務を発生させることになります。
次に、契約によって作為義務を負うことがあります。たとえば、幼児の保育契約をした場合、保育園経営者・保育士は、預かった幼児の生命・身体などを保護・保育・保全する契約上の債務(義務)を負担することになるので、作為義務を負うことになります。
ただ、法令・契約上の義務は、それだけで刑法上の作為義務を最終的に根拠づけることはできません。というのは、法令・契約上の義務は、それが当該刑罰法規の保護法益を保護・保全するに充分な質量を有していなければ、刑法上の作為義務を根拠づけるものとならないからで、その実質的な基盤は現場、つまり現実の具体的状況にあります。その意味で、法令・契約上の義務は刑法上の作為義務を根拠づける端緒にすぎないと考えるべきです。
また、事実上の引き受け行為によって作為義務が生じることがあります。たとえば、車で走行中、負傷した被害者を発見した運転者が、その被害者を病院に搬送すべく自車に引き入れたときには、事実上の引き受け行為が存在します。通説が作為義務の発生事由としてあげる事務管理(民法697条)については、事実上の引き受け行為と同じく、刑法上の作為義務の発生事由として慎重に吟味する必要があり、その意味で、事実上の引き受け行為は、刑法上の作為義務を認定する重要な契機といえます。
作為義務は、当該犯罪を基礎づけるに足りる質量を有していなければなりませんので、引き受け行為は、当該犯罪の作為義務を根拠づけるに相応しい積極性がなければなりません。たとえば、朝起きたら自家の玄関に嬰児が置き去りにされていた場合のように、被害者が自分の手元にいわば「漂着してきた」場合は、この積極性がないため引き受け行為があったと認めることはできません。他方、引き受け行為は、必ずしも排他性(他者による保護・救助の可能性を排除・遮断している状況)や依存性(当該法益の保護・保全がその者にのみ依存している状況)がなくとも、これを肯定することができます。作為義務の発生事由として重要なのは、事実上の引き受け行為であって、排他性・依存性ではないからです。
② 作為の可能性があること
不作為犯が成立するには、作為可能性が認められることが前提となります。作為可能性とは、結果発生を防止する作為をすることが可能であることを意味します。
作為義務違反は、形式事由である法令・契約、実質事由である引き受け行為をもとにした作為義務の存在を前提にし、比較的広範な具体的事情を考慮しながら具体的行為者を基準に判断されます。したがって、作為可能性は、作為義務違反の判断の一環として、現実の具体的事情のもとで具体的行為者を基準に認定されます。
③ 不作為と結果発生との間に因果関係があること
不作為犯においても、作為犯の場合と同じく、不作為と犯罪結果との間に因果関係が必要ですが、不作為犯の因果関係には特殊な面があります。不作為犯は、一定の結果不発生に至る因果の進行に直接介入せず、結果不発生に至る因果関係を創設するに相応しい積極的な身体動作をしないことによって実現される犯罪です。
したがって、不作為の因果関係の判断において、まず前提として、一定の結果不発生に至る因果関係を創設するに相応しい積極的な身体動作である作為が想定され、その作為をすべき義務者の不作為の因果関係が判断されることになるので、作為の想定、作為義務の存在、作為の可能性の判断において、すでに因果関係の判断が入り込んでいるといえます。
④ 故意又は過失があること
作為犯なのか不作為犯なのかに関係なく、犯罪が成立するための主観的な要件として、故意又は過失が必要です。
事例を検討してみる
冒頭の事例を考えてみましょう。その場合、まず、性加害行為を行った行為者Xに成立する犯罪を確定します。次に、副社長A、重役B、タレントまとめ役Cに成立する犯罪を検討します。具体的には、Xに成立する犯罪の共同正犯、幇助犯が成立するかを検討します(教唆犯は除外していいでしょう)。その場合、A、B、Cが、Xの指示・命令を受けて、Xに積極的に協力する行為をしたのであれば、共同正犯の成立を考えることになります。そうではなく、黙認・放置により、Xの加害行為を止めさせなかった場合には、不作為による幇助犯を検討することになります。その場合には、不作為犯の成立要件にしたがって判断していきます。
◆社長X
◯加害行為をした社長Xには、不同意わいせつ罪(刑法176条)、不同意性交等罪(刑法177条)が成立する可能性がありますし、Xと少女らとの関係によっては、監護者わいせつ・性交等罪(刑法178条)成立の可能性も生じます。
◯また、Xの行為は、児童福祉法34条(罰則60条)にも違反します。
◆副社長A、重役B
◯まず、副社長A、重役Bが、Xの加害行為に積極的に協力する行為をした場合が考えられます。たとえば、Xの指示・命令に従って、Xの加害行為が行われることを知りながら、集めた少女らに、一定のビルの一室に行くように指示した場合には、Xに成立する犯罪の共同正犯が成立する可能性があります。
◯また、そこまで積極的な関与をしたわけでなく、たとえば、Xの加害行為について箝口令を敷いて、一切の口外を禁じたりしたとか、テレビ局・新聞社・雑誌社等の芸能記者に「アメとムチ」で、一切報道しないように圧力をかけたりした場合には、副社長A、重役BはY芸能事務所の役職者ですから、Xの加害行為を防止し、少女らタレントを守るべき作為義務を負いますので、Xに成立する犯罪の幇助犯が成立します。
◆タレントのまとめ役C
◯Y芸能事務所に所属するタレントCの罪責については、非常に慎重な検討を要します。というのは、Cは、Y芸能事務所の役職ではなく、一所属タレントにすぎないからです。
しかし、Cが、Xの加害行為に積極的に協力する行為をした場合には、Cが一タレントにすぎないといっても、Xに成立する犯罪の共同正犯が成立する余地があります。
◯また、Cが、応募してきた少女らがXの加害行為の被害に遭う危険性のある現場で、その危険性を認識しながら、警告もせず、むしろXの加害行為を黙認・放置するかのように、少女らを一室に招き入れた陽な場合には、Xはタレントたちのまとめ役という地位を事務所から与えられていたのであれば、Xに成立する犯罪の幇助犯が成立する可能性があります。
□参考:関 哲夫『講義 刑法総論』(第2版・2018年)
第31講 共同正犯論(400〜411ページ)
第35講 共犯論(443〜459ページ)
第11講 不作為犯論(105〜121ページ)